拡張する想像力 — 第2部:無限の司書:探索的創造性を極める
AIを用いて既知の境界線をマッピングする
「拡張する想像力」シリーズ 全4部中の第2部
1941年、ホルヘ・ルイス・ボルヘスは、不定形でおそらく無限の数の六角形の回廊で構成された宇宙、「バベルの図書館」を描写した。この図書館には、一定の文字のセットから形成され得るあらゆる本が収められていた。そこには未来の詳細な歴史、大天使たちの自叙伝、図書館の忠実なカタログ、そして何万もの偽のカタログが存在していた。
数十年の間、バベルの図書館は情報化時代に対する憂鬱なメタファーだった。意味が意味不明な言葉の海に溺れてしまう場所。問題は、真実が存在しないことではなく、それを見つけ出せないことにあった。
今日、我々はその図書館を建設した。それを「大規模言語モデル(LLM)」と呼ぶ。
GPT-4やClaudeのようなモデルの「潜在空間(Latent space)」は、ボルヘスの図書館を数学的に表現したものである。そこには、これまでに書かれたほぼすべての文章と、人間の言語の統計的規則に照らして書かれる「可能性のある」あらゆる文章が、潜在的に含まれている。
しかし、一行の意味のある言葉を求めて絶望の中で彷徨ったボルヘスの司書たちとは異なり、我々にはツールがある。AIは単なる図書館ではない。それは「無限の司書(Infinite Librarian)」なのだ。
第1部では、創造性とは「探索プロセス」であると定義した。第2部では、「探索的創造性(Exploratory Creativity)」を探求する。これは、無限の司書に本を代わりに書いてもらうのではなく、既知のカタログを提示させ、地図の端までナビゲートし、そこから未知の一歩を踏み出すための技術である。
既知の物理学
AIを探索に活用する方法を理解するには、マーガレット・ボーデンの「探索的創造性」の定義に立ち返る必要がある。
ボーデンは、これを「結合的創造性」(馴染みのあるアイデアを混ぜ合わせること)や「変革的創造性」(ルールを打ち破ること)と区別している。探索的創造性とは、構造化された概念空間を調査し、そこに何が含まれているかを確認することである。それは、特定のキーや拍子の中で即興演奏をするジャズミュージシャンや、ユークリッド幾何学の範囲内で定理を証明する数学者の仕事に似ている。ルールは固定されているが、そのルール内の可能性は広大であり、しばしば未踏のままである。
LLMは探索的創造性のエンジンである。それらは、膨大な人間のテキストのコンセンサスに基づいて次のトークンを予測するように訓練された確率的システムだ。彼らは「ルール遵守者」の第一人者である。英語の文法、Pythonの構文、ソネットの構造、道徳哲学の標準的な議論を内面化している。
もし「変革的創造性」(これについては第3部で扱う)を求めるなら、彼らは危険な存在になるが、「探索的創造性」にとっては完璧な存在となる。彼らは、世間一般の常識(Conventional wisdom)における究極の地図作成者なのだ。
知的な鏡
LLMに「コーヒーショップの独創的なマーケティングのアイデアを教えて」という単純な質問を投げても、真に斬新なアイデアは返ってこない。返ってくるのは、「コーヒーショップのマーケティング」という潜在空間の重心(Centroid)である。ポイントカード、ラテアートの大会、「リモートワーク」割引といったものが提示されるだろう。
それは、そのトピックについて人類が集合的に考えてきたことの平均を映し出す、「知的な鏡(Intelligent Mirror)」として機能する。
怠惰なクリエイターにとって、これは杖(頼り切りになるもの)だが、「拡張する想像力」にとっては、これはスーパーパワーになる。
陳腐な表現(クリシェ)、コンセンサス、標準的な比喩を瞬時に取り出すことで、AIは盤面を整理してくれる。これにより、「ネガティブスペース・サーチ(Negative Space Search)」を実行できるようになる。標準的な言説が何であるかを正確に把握すれば、何が「欠けているか」を特定できるからだ。
テクニック:クリシェ・アウディト(既成概念の監査)
探索的創造性を極めるための第一歩は、司書に「ベストセラー」セクションを見せるよう頼むことだ。それを避けるために。
プロンプト戦略:
「リモートワークの未来についてのエッセイを書いている。この分野で最も一般的で、使い古された10の議論や比喩をリストアップしてほしい。誰もが同意する『コンセンサス・ビュー(共通認識)』とは何か?」
AIに「既知」の境界線を明示的にリストアップさせることで、背後に残すべき領域の地図を作成できる。AIを使って、当たり前のことを使い果たさせるのである。
トポロジーをナビゲートする:概念マッピング
中心を特定したら、次は端を探索しなければならない。LLMの潜在空間は高次元であり、概念は互いの意味的関係に基づいて保存されている。「王(King)」は「女王(Queen)」に近いが、別の方向では「暴君(Tyrant)」にも近い。
このトポロジーを利用して、「概念マッピング(Conceptual Mapping)」を行うことができる。これは、アイデア間の関係をAIに辿らせ、「構造的隙間(Structural holes)」、つまり、理論的には有効だがまだ明文化されていない繋がりを見つけ出すプロセスである。
境界線の監査
あらゆる分野において、イノベーションはしばしば対立する定義やフレームワークの摩擦点(Friction point)で起こる。
プロンプト戦略:
「[トピック]の分野における、3つの最大の理論的葛藤または意見の相違を特定せよ。それぞれの葛藤について、両側の主張を最大限に強化した(スティールマンした)要約を提示し、次に、理論的には有効だがめったに主張されない『第三の視点』を特定せよ。」
ここでは、司書に棚の最上段にある埃をかぶった本、つまり論理の「ルール」内には存在するが、訓練データの中では統計的に稀な議論を見つけるよう依頼している。
補間ゲーム(The Interpolation Game)
潜在空間の最も強力な機能の一つは「補間(Interpolation)」、つまり2つの概念間を滑らかに移行する能力である。画像生成においては、これは猫が犬に変形するようなものだ。思考においては、「サブスクリプション型ビジネスモデル」が「公共事業」に変形するようなものである。
AIに対し、2つの異なる概念の間の中間ステップをマッピングさせることで、それらの間の「有効な経路」を効果的に探索できる。
プロンプト戦略:
「概念Aは『ギグ・エコノミー』。概念Bは『封建的荘園制(Feudal Manorialism)』。これら2つの概念の意味的・経済的な類似性をトレースせよ。それらのちょうど中間に位置するハイブリッドなモデルとはどのようなものか?」
これは純粋な探索的創造性である。経済学のルールを壊しているのではなく、2つの既知のランドマークの間にある、未踏の座標に位置する有効な経済構造を見つけているのだ。
没入の加速
伝統的に、ある分野のフロンティアに到達するには何年もの学習が必要だった。古典を読み、専門用語を理解し、議論を内面化して初めて、新しい何かを寄与できる。これが創造的プロセスの「没入(Immersion)」フェーズである。
無限の司書は、このフェーズを数年から数時間に圧縮する。
これは本を読む必要がないという意味ではない。読み方が「変わる」ということだ。AIをダイナミックなチューターとして使い、その分野のオントロジー(概念体系)を解析できる。
- オントロジー・スキャン: 「[分野X]で使用される概念のタクソノミー(分類法)を概説せよ。これらの概念は階層的にどのように関連しているか?」
- 専門用語デコーダー: 「学術文献において[現象Y]を説明するために使用される特定のテクニカル用語は何か?」
ドメインの構造を迅速にマッピングすることで、「探索の語彙」を獲得できる。専門家が集まる図書館の特定の回廊を開くキーワードを学ぶのだ。認知科学者のアンディ・クラークが主張するように、地図の保存を機械にオフロードすることで、自分の認知リソースをナビゲーションそのものに解放することができる。
危険性:ハルシネーション vs. 発見
事実の検索という文脈では、「ハルシネーション(幻覚)」はバグである。AIは、実際には存在しない裁判例を捏造する。
しかし、探索的創造性の文脈では、ハルシネーションは複雑な「機能(Feature)」となる。思い出してほしい、バベルの図書館には「あらゆる可能性のある」本が含まれているのだ。AIが存在しない科学理論を「ハルシネート」するとき、それは本質的に「あり得そうなフィクション」の棚から一冊の本を取り出しているのである。
クリエイターにとっての危険は、AIが嘘をつくことではなく、AIが「有効な斬新な概念」と「支離滅裂なナンセンス」を区別できないことにある。
ここに、人間という要素が還元不可能なものとして残る。AIは司書であり、あなたは学者だ。司書は関連がある「かもしれない」本の山を持ってくることはできるが、それらを読んで天才の仕業かたわごとかを判断できるのは、あなただけである。AI時代における専門性とは、「事実を知ること」から「統合されたパターンの妥当性を評価すること」へとシフトする。
結論:無限のキュレーター
白紙の時代は終わった。今、我々の前にあるのは、すでに書き込まれたページである。あらゆるクリシェ、あらゆる標準的な議論、あらゆる確率の高い文章で埋め尽くされたページだ。
クリエイターの役割は変わった。もはや単なる素材の生成者ではない。我々は「無限のキュレーター(Curator of the infinite)」なのだ。既知の地図を他人の足跡を辿るためではなく、地図が途切れる「空白地帯(ホワイトスペース)」を見つけるために使う探索者なのである。
無限の司書が待っている。カタログは開かれた。あなたはどのセクションを探索するだろうか?
シリーズ次回予告: 第3部「プロメテウスの火花(The Promethean Spark)」では、図書館の安全な場所を離れる。変革的創造性(Transformational Creativity)を探求する。AIを使ってルールを破り、概念空間を歪め、新しいだけでなく、古いパラダイムでは「不可能」だったアイデアを生み出す方法を解き明かす。
この記事は、知能時代を動かす理論的枠組みを分析するXPS Instituteの SCHEMAS カラムの一部です。これらの概念のビジネス戦略への実践的な応用については、 SOLUTIONS カラムをご覧ください。
